株主代表訴訟の文書提出命令

　テン・アローズ（シャルレの事業承継会社）の「当社株式に対する公開買付けに関する賛同意見表明のお知らせ」は平成20年9月19日，代表取締役によるMBOの一環として有限会社サザンイーグル，有限会社オットーによる会社普通株式公開買付けに関する賛同意見表明に次のようなプレスリリースをした。
①取締役，執行役Hは公開買付者らの発行済株式100％を実質的に保有するTに対し，ﾊﾔﾃを通じて出資することが予定されているため，意思決定の公正性を担保するため，会社取締役会における本取引に関連する審議，議決には参加しておりません。
　②会社取締役会は平成20年6月より，本取引に関する説明をO法律事務所から受けております。
　このように，シャルレは公開買付けにつき賛同を意見表明した。
ところが，利益相反があったことを指摘する内部通報がなされた。コンプライアンス担当，MBO担当の執行役が設置し，取締役会が承認した第三者委員会の調査及び会社独自の調査により，公開買い付けとMBOを成功させる目的で，社外取締役らが公開買付の意見表明を行う前提となったKFによる株式評価額を低く抑えるため，利益計画の検討過程において不適切な関与をしていたことが判明した。上記①，②の報告内容は虚偽であった。
　第三者委員会調査報告書は，次のとおりである。
20年9月の顧問O法律事務所の見解ドラフトは「８月３１日付計画は(株)KPMG　FASの算定価格を低くする目的で作成されたものであると判断される可能性が十分あり，本件社外取締役が善管注意義務に問われる可能性も十分ある」と指摘していた。しかし，社外取締役らは「法律事務所の見解は利益計画の実現可能性の低さを考慮に入れておらず，容認できない。」と述べて受け入れなかった。利益計画の見直しにつき厳しい意見表明がなされることが予想されたために，「法律意見書の正本は不要である」と受取を拒絶した。
シャルレのMBOは本来企業価値の向上を通じて株主の利益を代表すべき取締役が，みずから対象会社の株式を取得することになり，必然的に取締役についての利益相反的構造が生じていた。買付け側の取締役と売主者側の株主との間に，大きな情報の格差があった。過半数の株式取得に至らない場合であっても，利益相反的構造や情報の非対称性はあった。
　公開買い付け価格が対象企業の企業価値を客観的に反映しているかを判断するのは容易でない。最終的には司法判断の対象となる。
　社外取締役のなかには株式５０万株を保有している者もいて，MBOが株主にとって最も有利な時期に行われていることが明白でないかぎり，MBOに賛同表明することによって損失をこうむる可能性もあり，公開買付に応じることが想定されている以上，当該社外取締役は売主，すなわち，少数株主と同じ立場におかれている。
　社外取締役は，買付者側との交渉に臨み，結果として創業家に約20億円の利益吐き出しを認めさせたうえで株価800円を承認させた。こうした構造的利益相反状況を除去するための努力は一応認められるが，利益計画策定の承認プロセスにおける創業家アドバイザーの関与は，交渉の自由として認められる合理的範囲を超える介入があり，社外取締役もこれを受け入れる状況にあったと評価できるから，交渉時における社外取締役の裁量の範囲を限定することにつながる利益計画の承認に関する意思決定過程における透明性･公正性に問題があるといえる。社外取締役らの利益相反行為があったと断定できないが，合理的疑念を払拭することもできない。

　ついで，検証委員会報告は次のように指摘した。
公開買付けでは，公開買付けの対象となる会社が公開買付けに，賛同，反対等の意見表明をすることが義務づけられている。このような意見表明が，一般投資家が公開買付けに応募するか否かの意思決定にあたっての重要な判断資料となる。したがって，意見表明が，公開買付けの成功（投資家の応募）を求める公開買付者から独立してなされることが重要となる。とりわけ，本件株式公開買付けは，経営陣でもある創業家が出資することが前提となっているMBOであるから，公開買付者が社内の情報を十分に有した上で，不当に低い買付価格による公開買付けを行い，かかる情報を有していない一般投資家が実情を知らないまま応募し，結果として損害をこうむる懸念が強い。したがって，公開買付けによる影響をかぎりなく排除したうえで，独自に株式価値を算定したうえで総合的に，公開買付者の判断を検証し，一般投資家のために意見表明をすることが求められる。第三者委員会においては，本利益計画の承認過程において透明性･公正性に問題があり，社外取締役らの利益相反行為があったという合理的疑念を払拭できない，とされた。
　そこで20年8月と9月の２つの利益計画を検証することにした。
前者は低い利益水準となる計画，後者がそれと比べて高い利益水準となる利益計画となっているが，どちらも不合理とは言えない。許容範囲にある。

　20年12月，会社はこの検証委員会の報告を踏まえても，公開買付者らの当社普通株式に対する公開買付けには賛同できない，と意見表明した。先のMBO賛同意見を撤回し，MBOは失敗した。はたして，利益計画は株価を低くする目的で作成され，一般投資家の利益を不当に侵害したのか。その答えはまだ出ていない。

　シャルレに株主代表訴訟が提起された。
平成21年，神戸地裁に提訴。被告は取締役数名，請求額5億円。取締役の利益相反行為，同阻止義務（買付者側に属さない社外取締役は，買付側取締役のMBOによる利益相反行為を阻止する義務がある），他の取締役に対する監視義務，情報開示義務（情報に非対称性があり，株主に適切な情報開示を行う），誠実交渉義務（適正な価格となるよう一般株主のために公開買付者と誠実に交渉する）等違反により，株主は全部取得条項や会社合併等の方法により強制的に株主たる地位を奪われ，また，上場廃止により株式価値は暴落するおそれがあり，一般株主はMBOに応じざるをえず，株価算定費用，弁護士費用，調査委員会費用，検証委員会費用等の損害を受けたというものである。
買付け価格が低いと，たとえ公開買付に応じなかったとしても，一般株主は損害を受ける。
公開買付が成立すると，全部取得条項や会社合併等によって，強制的に株主の地位を奪われることがある。上場廃止になれば株価は暴落する。それでは，会社が受けた損害はないのか。今評判の証券３社のインサイダー取引も，投資家の利益を損なうが，MBOでは株式発行会社役員は株主とは比較しようもないくらい情報を独占している。結果として，本件MBOは実施されなかった。だが，MBOの宣伝広告費，法律事務所費用，調査委員会費用そして信用毀損の合計が5億円。
　もともと，取締役の利益相反行為なる不正発覚の端緒は，内部通報だった。
裁判では，内部通報文書等の文書提出命令申立がなされた。今年５月８日，神戸地裁は「MBOは会社の経営陣が株式を買い取って経営権を把握する手法である。売る側と買う側では本質的に利益相反の関係にあり，情報格差も大きい。したがって，手続過程の透明性，合理性を確保する必要がある。そのためには適正になされたかを検証する態勢が必要であり，MBO手続過程における意見を含めた資料が将来の検証の資料となる。その結果として，自由な意見交換や意見表明に心理的な制約は生じる事になるが，一定程度受忍されなければならない。すでに第三者委員会の調査資料として使用され，手続過程の適正性の検証に必要な資料と言える。（中略）文書の開示によって所持者に看過し難い不利益が生じるおそれがないとする特段の事情があるときは，文書の証拠調べの必要性もある以上，その文書提出命令を求める申立には理由がある。」そして，MBOの提案書，株価算定資料，利益計画試算経過などのMBO実施の可否，買付け価格，MSCの事業パートナーとしての適否，MBO実施の方針と実施後の経営方針等の会社内部における検討段階での意見，買付け側との交渉内容，利益計画等の事業方針に関する資料の提出が命じられた。
　尤も，内部通報書の提出は認められなかった。通報者に不利益を与えるからである。
役員ミーテイング資料は会社内部の者の利用に供する目的で作成された文書であり，開示されるとMBOの遂行が阻害されるおそれがあるが，第三者委員会の調査等に使用されており，今後本件と同等のMBOが再実施される可能性があるとも思えないので，自由な意見表明が妨げられるおそれはなく，開示されても看過しがたい不利益が生じるおそれはないとする特段の事情がある，とした。
　民事訴訟法220条4号ニは「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」の開示は認めていない。何がそれに該るかは，多くの参考事例がある。
株主代表訴訟では，会社の内部文書が，被告役員らの善管注意義務違反の有無についての資料になるから，開示対象が広がることは訴訟遂行上，重要な意味がある。この申立があったのは一昨年だから，株主代表訴訟がいかに原告株主に負担を強いているかがわかる。