会計の処方箋が変わるのか
金融商品に係る会計基準は,平成12年4月以降,時価評価を原則にしていた。公正な価格すなわち時価は,市場において形成されている取引価格,合理的に算定された価額という。時価が取得価格を下回れば評価差損は損益計算書に計上し,上回れば評価差益は資本の部に計上することが認められていた。尤も,すぐ売らない有価証券(その他有価証券も)は評価差損を損益に計上せず資本の部に表示することができた。評価損が出たから売買をやめ,資本の部に組み入れる,というような便宜的扱いはできなかった。投資家に対して的確な情報を提供するためである。
昨年3月,企業会計基準委員会は,「金融商品に関する会計基準」「金融商品の時価評価の開示に関する適用方針」を公表した。来年3月からの事業年度に適用される。
金融危機対応の措置として時限を区切って条件付きで,有価証券の資本の部への変更を認めることにした(保有区分の変更に関する当面の扱い)。国際会計基準が変更したのに倣って,区分変更しようというのである。ご都合的な国際協調に見える。また,特定金銭信託,デリバテイブは,当期損益に計上するが,デリバテイブの価値が元本の返済額を増減させるようなものは,元本とデリバテイブを区分して元本は原価評価,デリバテイブは時価評価することとした。それ以外はすべて時価評価し,当期損益に計上するのである。
いま,米国では,時価会計の一時停止を巡る攻防が激しい。銀行株が軒並み上昇しているのは,時価会計が緩和されるとの期待が広がっているからだ。日本の銀行株も上がっている。しかし上昇する根拠を探せない。,米国株の動きに引きずられているのではないか。少し会計基準を触われば株価が上昇するなんて,おかしくないですか。さすがに,米国証券取引委員会(SEC)は,時価会計の一時停止に反対している。将来のキャッシュフローが不確実なら,価値の下がるのは当たり前という。投資家の信頼も失う。
AIGの'08年の最終赤字は1千億ドル近くに達し,20年以上以上にわたって累積した利益を1年で失った。かかえた不良債権の中で厄介なのがCDSである。債務不履行のリスクを避けたい金融機関が,AIGなどの金融機関に「保証料」を払う代わりに,貸付先の企業が倒産したときに元本を保証してもらう,という保険の性格を持った金融派生商品のことである。保証の対象は,住宅ローン担保証券など金融商品である場合もある。AIGは,信用力が低い個人向け住宅融資問題で市場環境が激変し,企業や証券化商品の破綻・債務不履行で保証債務の履行を迫られた。住宅ローンを組入れた証券化商品やCDSの保有量が増えるに伴い,全体としてリスクも計算を超えた額になる。その結果,精算できない規模のリスクを抱え込んだ。CDSはもっぱら相対取引で取引されるため,量と質の把握が十分でなかった。
どうやら貸し倒れのリスクの計算は,紙の上の計算とは違うらしい。市場で取引しない投資家が多数からみ,元々の契約の数十倍もの取引額に膨らむこともあるという(日経3.29)。証券取引所は取引に介在せず,全体像をつかんでいない。いくらデリバテイブ研究会を立ち上げても,取引の当事者が取引実態を公表しない限り,解決策は見つからない。そして,経営責任の追及を恐れる当事者は実態を公表しない。いまは,閉塞状況にあるように見える。証券取引所での取引であれば安全かというと,CDSという商品の基本的性格にも問題があった。商品には「安全」という処方箋がついていなかった。金融工学なる学問が人の生活と発展に必要かは疑問に思う。市場活性化を口実に金儲けする人たちの企みではないのか。
約10年前に導入された時価会計ついで減損会計が,この金融危機のあおりで見直しを迫られている。企業の業績が思わしくないので,会計基準を変えて財務内容の悪化を防ごうという。化粧の仕方を変えることで,より健康らしく見せる,とでもいおうか。中身は少しも変わっていない。企業の債務超過額が増え,倒産リスクが財務諸表の上で表示されると,融資を受けられず,企業存続が困難になる。株式取引も低調になる。そして我が国の株式市場の信頼まで損なう。だから,企業の健康の基準を変えようというのである。
かってWHO(世界保健機関)はその憲章前文のなかで,「健康」を「完全な肉体的,精神的及び社会的福祉の状態であり,単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」と定義していた(昭26官報)。裁判でもこの定義が使われた。10年前の執行理事会の憲章全体の見直し作業で,「健康」の定義を「完全な肉体的(physical),精神的(mental),Spiritual及び社会的(social)福祉のDynamicな状態であり,単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」と改めることが議論された。Spiritualには適当な訳語がない。イスラム諸国の主張により付け加えられたそうだ。「宗教心」のことだそうだが,宗教心がないと健康ではない? 健康定義が変われば健康になるというのも変だ。企業会計基準委員会もWHOも,処方箋いじりでなく,実体の改良を提言したらいかがだろう。その道の専門家を標榜するなら,肉体改造の提言の方に目を向けていただきたい。


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