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August 06, 2008

契約はどこまで有効か

 まず,行為基礎論についてご理解を。
人は,法律行為とくに契約の締結に際し,行為時の事実関係・法的関係が存続し,または将来一定の事実は発生しないことを前提に行動する。このような法律行為の前提となる事実や法的関係を,行為基礎という。もし想定外の事実があったことが判明すれば,行為の基礎が崩れる。かりに法律行為の基礎となった前提が崩れると(事実に反していた),自ら行った法律行為の効果を,事実に適応してあらため,あるいは法律行為(例えば契約)を解除させるのが,信義則上妥当,ということになる。このように,信義則に基づく具体的な理論が行為基礎論。あるはずのない権利をあるものと誤信して譲り受け,対価を払う。契約でも裁判上の和解でも,このようなこともあり得る。すでに権利が存在しなくなっているのに,譲渡したり,和解することは譲渡や和解行為の基礎を欠くことはご理解いただけよう。ドイツ民法には,和解契約は,契約の内容上確定していることとして契約の基礎に置かれた事実が真実に合致せず,かつそのことを知っていたならば争いにならなかったであろう時は無効である,という条文がある。行為の基礎を欠くからだ。わが民法95条は法律行為の要素に錯誤があれば無効という。行為基礎はその法律行為に至る前提条件であるから,より強い理由で無効になる道理である。
 さて,結婚(婚姻)も両性の合意に基づく法律行為。結婚前に様々な嘘をつき,首尾良く結婚を果たした後,嘘がばれたときに,行為基礎を欠くから結婚は無効だ,といえるのだろうか。答えは,嘘の内容によりけりだと思う。妻がいるのに独身だ,と嘘をいう。重婚は禁止され,強行法規違反であると同時に,行為基礎も欠く(と言っても,当然無効にはならず,重婚の取消を請求できるだけである。結婚という既成事実を無かったことにできないからである)。借金まみれなのに金持ちだと嘘を言う。でも,金持ちだからこそ結婚したのだとは言えまい。嘘のつく人格を見抜くことも結婚に必要な配偶者としての要素だ。嘘をつき,つかれないよう理解を深めることが相手を責めるより,もっと大切。騙されたといって,文句いうばかりが,能ではないだろう。嘘が離婚事由になるかすら,疑問。配偶者の親の面倒は見なくていいという条件だったのに,その後の事情変更で見なければならなくなったというのはどうか。結婚時に嘘はなく面倒を見る事実もなかったのだから,行為基礎を欠いているわけではない。事情が変わり,面倒を見なければならなくなったとしても,契約違反とまでいえない。同居の親の扶養の義務は,この配偶者も負う(730条)。どうしてもいやなら,協議離婚するしかない。身分行為の無効原因は限られている(742条)。だから,一般法理を持ち込むことはできない。まず,人の結びつきは元に戻りにくい。そもそも,長短を問わず結婚してて無効だなんて,おかしくありませんか。夫婦になってからの契約はいつでも,一方的に取り消すことができるほど軽い(754条)から,身分行為以外の男女の約束事は普通の契約関係より法的評価が低いといえる。
 契約一般についてだが,契約内容を変更できるかは,まず,契約書がそれを認めているか,による。もし一方的に解除できるか,とかの条項が盛り込まれていれば,それが優先する。しかし,それを許さないような事情があれば,権利濫用とか信義則とかの法理で,解除を阻止することは可能である。毎年の自動契約更新ながら28年間にも亘って化粧品を販売してきた小売商が,商品の割引販売をしたために製造・販売業者から商品の供給停止・契約解除をされた事案で,実態は継続的供給契約であり,契約書に1年更新で一方的に解除できるという条項があっても,信義則上,著しい事情の変更や相手方の甚だしい不信行為等やむを得ない事由がない限り,一方的な解約は許されない,とした判例がある(東京地判平5.9.27)。長期契約を予想して設備投資したのに,短期間で解約されては,大きな損失を被ることもあるだろう。契約は更新されて当然だし,むしろ期限の定めがない契約とみなされるのが妥当ということもあろう。このように解除を制限し,契約の内容を変更する法理が公平の原則であり,信義誠実の原則であった(名古屋地判昭46.11.11,東京地判昭57.10.19参照)。その後,契約自由が重視されるようになると,契約書の文言どおりの効力を認め,例外的に権利濫用の法理によって文言解釈を狭める裁判例が増え,行為基礎欠如・錯誤無効,事情変更が言いづらくなる。混乱した状況はまだ続くようだ。
 事情変更の原則も,行為基礎論のひとつ。消費貸借を予約しても,一方が破産すれば無効になる(民法589条)。収益目的で土地を借りたが,賃料以下の収益しか得られなかったので,その分の賃料の減額を請求できる(609条)。雇用期間を定めても,やむを得えない事由があるときは,雇用契約を解除できる(628条)。組合は,やむをえない事由があるときは,解散を請求できる(683条)。このように,契約が一定の事情を基礎にして成立しているときは,その事情の存在を前提に効力を持つわけだから,事情が変われば契約も変わることが認められる(地代,家賃の減額請求権もそう)。このような明文がなくても,事情変更の原則が適用されることがある。基礎となる事実はあった。それを前提に契約はしばらく続いた。ところが,まだ投下資本を回収できぬうちに,契約の相手が止める,と言いだした。契約書に,予告すれば解約できると書いてあるからである。しかし止められては,事業そのものが立ちゆかなくなっていく。このようなとき,契約の出発点に戻って,どのような状況で契約され,何を目的にしたか。資本投下はどれくらいで,取引が中止されれば,どれくらいの損失を被るのか等の契約を取り巻く諸事情が考慮された上で,解約・変更の可否が議論される事例が増えてくると思う。

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