行政機関の保有する個人情報の開示
平成15年,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律が制定された。誰でも,行政機関の長に対し,自分の情報の開示を求められるようになったが,これにもいろんな制約がある。生命,健康,生活,財産を害するおそれがある情報,特定の他人を識別できる情報,他人の権利を侵害するおそれのある情報は開示されないし,国の安全が害されるおそれのある情報,国・独立行政法人・地方公共団体の内部の審議,検討,協議に関する情報で意見交換や意思決定の中立性を損ない,混乱を生じ,特定の者に不利益を与える情報とか,事務や事業の性質上その遂行に支障を及ぼすおそれのある情報は開示されない。
さて,新司法試験における受験者の答案及び答案を採点した考査委員が付した素点の記入された文書が,法14条7号の事務支障事項にあたるか,の裁判例がある(大地判平20.1.31)。
新司法試験の受験者が自分の答案と採点前の素点をつけた文書の開示を求めたことろ,開示が拒否された。判決はその理由をのべる。受験予備校が具体的な採点基準を探り,高い評価を受けた者の答案を分析し,その共通点をパターン化して,授権技術の習得に特化した受験指導をしたり,受験生が実際の答案を自ら分析することで,法曹になるために必要な知識とその応用能力を身につける勉強より,断片的な学識の習得に走ったり,合格点や高得点の答案を無批判に暗記対象とするなど,高得点を取るための受験技術を磨く者が出てくることが予測される。そうなると,旧司法試験における弊害を新司法試験にそのまま引き継ぐことになり,受験技術編重の傾向がむしろ悪化することが予測され,新たな法曹養成制度の理念と真っ向から対立する。また,答案や答案ごとの素点の開示により,司法試験員会の回答に困難な質問や照会を増加させ,委員会がこのような質問や照会に今まで以上に時間を割かれることになり,事柄の性質上,十分な時間を割いたからといって,受験者らが納得する回答ができるというものでもなく,考査委員の問題作成や祭典にも悪影響が出る。結局,司法試験事務の適切な遂行に実質的な支障を及ぼすおそれが認められる。
以前,旧司法試験の論文式試験の科目別得点数の開示を求めた裁判で,一部請求を認めた事件があった(東地判平16.1.21,東高判平17.7.14)。今でも,司法試験員会には採点結果に対する問い合わせがあり,電話照会には長時間の対応を迫られているらしい。論文式試験の答案を開示すれば大変なことになるのだろう。論文式試験は多角的視点で採点されるから,開示すれば自分の答案が模範解答とどこが違うか分かるというものでもあるまい。要するに,新試験には受験技術を磨くだけの試験勉強を排除するという目的があり,これに沿わない開示は請求は認められない。
また,前川参院議員提出の司法試験考査委員による試験問題の事前漏えいに関する質問に対する答弁書で法務省職員が,「本人及び関係者」に対して行った「事前聴取」の記録と「収集」した「関係資料」の記録の行政文書も不開示とされたが,その理由はつぎのようだった。
開示請求に係る行政文書は,昨年6月試験問題漏洩(慶応のU教授が重要判例ポイントで,出入国管理難民認定法にもとづく退去強制の判例(最大判18年10月5日)をあげて問題を示唆したことなど)で司法試験考査委員を解任されたが,その解任理由となった不適正な行為に関連する情報が記載されており,それらの情報は(受験生)個人に関する情報であって,当該情報に含まれる記述等により特定の個人を識別することができる情報(他の情報と照合することにより特定の個人を識別できるものを含む)であり,あるいは,上記のような行政文書の性格から明らかなように,公にすることにより,なお個人の権利利益を侵害するおそれのある情報(法5条1号)に該当する。また,試験の公正性確保のため,調査の目的のみに利用する前提で聴取・提出を受けたものであるので,これを公にすれば試験に関する事務に関し正な事実の把握を困難にするおそれがある上,司法試験問題の作成・合否判定に関連する情報も記載されていることなどから,司法試験に関する事務な遂行に支障を及ぼすおそれ(5条6号)に該当する。このように,試験の資料開示には,必ず公正さの確保がつきまとう。
市立病院で診察治療を受けた本人からのカルテの開示請求も,原則として開示されていない。市の条例により,審査会で必要性が審査された上で開示が認められる。しかし,かえって地域の審査会委員に個人情報が知れてしまう点は奇妙だ。本人開示は個人情報保護制度によって実現を図るべきであり,法改正も必要だろう。内申書とか指導要録についても同じことがいえるのではないか。
個人情報の開示判断にもインカメラ審理は役立つ。インカメラ審理では不開示とされた行政文書を実際に見分するのである。行政機関による不開示情報の該当性判断の公正さを担保する実効的な手段である。審査会が現実に果たしている機能は大きい。国・地方公共団体の情報公開審査会ではインカメラ審理が成果を挙げているが,裁判所にはインカメラ審理は認められていない。さて,不開示処分の取消訴訟においてインカメラ審理を導入すべきか,仮定の議論だがインカメラ審理を導入すると裁判公開原則(憲法82条)に反しないかが問題になる。裁判所は行政機関の判断の正当性も審理できていいのではないか。
将来的には,裁判にインカメラ審理が導入されていいと思う。


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