ヤメ検の生きざま
1審、2審で有罪判決を受け、上告中のもと特捜検事田中森一の著書「反転」は面白い。バブル時代の闇の世界が実名入りで赤裸々に描かれている。バブル紳士中岡信栄は田中自身のほかに新聞記者、横山ノック、京唄子、高級官僚らが金融会社ECCの会長室を訪れるたびに、数百万円から1000万円の小遣いを手渡していた話が出てくる。安倍晋太郎もホテルオークラのインペリアルスイートルームで大きなバスタブに牛乳を入れた風呂を馳走してもらった。「牛乳風呂はいいねえ。いっぺんで疲れが取れるよ」と叫んだという。金融会社ECCは拓銀から欲しいだけの融資を引き出していた。会社はバブル崩壊後に破綻した。それが原因となって拓銀も破綻した。中岡は銀行をつぶすほど、大金を自由に使っていた。
バブルの背景にはプラザ合意後の円高があった。輸出一辺倒だった日本経済に内需拡大が叫ばれ、政府はその刺激策として金融緩和策を取った。6回も公定歩合が引き下げられ、低金利の金があふれかえった。この金で不動産や株、美術品が投機の対象になった。1坪1億円の土地まで現れた。バブル紳士は金の使い道も分からず、自己顕示のために、もうけた金を湯水のように使った。著書は、検察の狙い撃ち、国策捜査は今でも行われているという。田中自身の石橋産業株14万株の預かりに始まる200億円の手形裏書詐欺事件も、あるいはライブドアの堀江逮捕もその延長にある(大鹿靖明「ヒルズ黙示録最終章」)。田中はバブルと共に絶頂を極め、バブル崩壊と共に沈んだ。頭のいい人だが弁護士になってからは自分を過信しすぎた。事実のどの部分を切り取るかによって、犯罪になったりならなかったりすることはよくある。「人は、どの部分に光を当てるかによって評価が変わる。一部分だけ見て分かったつもりになるというのは危険・過信だ」という先輩検事の指摘は言い得ている。人はより真実に近づくことができるが、真実を把握することはできない。事実は人間の認識を言うから、同じ事象を捉えて、複数の「事実」が出てくるのは当然である。法律雑誌「商事法務」に三菱重工の転換社債が利益供与になるか否かについて、正反対の論文が違う検事の手によって書かれ、ついに田中が捜査できなかかったというくだりは、犯罪は検察の手でつくり出されるものだという印象を裏付ける。
時代は変わって、コンプライアンスの世。検事、検事正、最高検検事。検事総長をピラミッドとする検事組織は、辞めたあとも、昔の権威を公共団体、企業に持ち込んでいる。しかし、彼らが経歴を生かしながらが弁護士会で公益活動を励んでいるという話はまず聞かない。「あるある大辞典」の関西テレビでは、調査委員会委員長にもと特捜検事の熊崎勝彦が就任した。1回目の会合で、5人の調査委員では間に合わないといって、小委員会の設置を提案し、知り合いの弁護士19人を連れてきた。そのうち、半分以上が検事出身者だった。手分けして70人以上の関係者からの事情聴取を始めた(アエラ7.9)。何の目的があっていまから企業内捜査をするのか、意図が分からない。関テレに必要なのは、下請け情報に胡坐をかいた番組編成の犯人を特定することではなく、情報の真偽をチェックする機能・制度の欠落(内部統制の不備)の補完であるはずだ。(「下請け情報の危険性」で触れた)
日興コーデイアルグループ、不二家、西武ライオンズの外部調査委員会にも検事出身者がずらりと並んだ。検事総長や検事長は大手企業の監査役・取締役の沢山就任している。大阪ではもと検事総長土肥孝治が、関西テレビ社外取締役、阪急阪神ホールデイングス監査役、関西電力監査役、ダスキン最高顧問に就任している。大変な高給取りのはずだ。高級は仕事の中身ではなく、昔の肩書きに対するものだろう。検事総長・検事長・特捜検事だから法に精通している、とはいえない。民事・商事・行政の法的見解を求め、高給に見合う正鵠を得るのは無理筋だ。困ったら法に抵触しないよう気をつけてやりなさい、と当たり障りのないことを言うか、手に余る問題の処理は検事仲間に応援を頼むしかない。民事でも刑事でもよく見る光景である。もと公安調査庁長官緒方重威は徒党を組むのが性に合わないのか。不動産屋と手を組んで朝総連から本部建物を騙し取った詐欺容疑で逮捕された。不動産取引に手を染め、個人で数億円借金していたところへ、今回の取引の話が持ち込まれたという。出資金を集めたり転売したりして利益を出そうとしていた、というのが検察の見方。同氏は神戸製鋼所、太陽生命保険の監査役を勤め、年金もあり、無理して大物弁護士ぶらなくてもよかったのに。年金記録問題検証委員会座長はもと検事総長の松尾邦弘。年金問題を徹底的に究明するそうだ。これは元検事の仕事にふさわしい。社保庁の組織の緩みの原因と責任の所在を明らかにしてほしいが、消えた事実を復元するのは考古学より難しい。ご苦労なことである。ヤメ検の生きかたは様々である。利権を求めない人も多い。徒党を嫌う人もいる。辞めたあとも昔の権威で仕事にありつこうというのはいただけない。かっての上司部下同僚関係を第二の人生に持ち込むのもいただけない。
何よりも若者の自由な活動を膝下に封じるのはいただけない。(以上、敬称略)
暇と金、権威は人を向上させるというより、全体を停滞させる機能を持つ。
帝国はいつも内部矛盾が極限に達したときに滅んた。


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