情報操作と選挙数学
大阪府知事,大阪市市長選挙が行われる。いま,選挙活動の真最中で,大阪の街は賑やかだ。
ある選挙ビラには「有効求人倍率を0.68倍から1.19倍に,雇用創出を5年間で累計15万人に,来阪外国人旅行者数を160万人から375万に増やす」「子供主体の教育改革,安全・安心の街作り」と書き連ねられている。
このような選挙広報は投票してもらうための情報提供だか,そのまま実現できるとは誰も思っていない。候補者が何を目指して立候補したかの判断資料として用いられる。
さて,ここで取り上げるのは,こうした選挙広報の効果についてである。はたして情報提供もしくは情報操作が投票結果にどのような影響を及ぼすのであろうか。政策論争こそ情報提供・情報操作の最も重要な手段であるべきことは間違いないが,投票結果に直結するかと言えば,必ずしもそうとは言い切れない。候補者の知名度,党首の経歴,演説の力,はては外貌や発声の善し悪しで投票を決める有権者が少なくないからである。逆に言えば,大衆(もとい,有権者)に訴える雰囲気をより多く持っている方がより多くの票を得る可能性が大きい。学者のように理路整然としている候補者が当選することは経験上ほとんど無い。
情報操作は選挙戦術として重要である。操作と言えば聞こえは悪いが,何を最重要課題として訴えるかを選別し,どう投票に向かわせるかと言い替えれば,理解されよう。
情報操作とは何か。よく言われるのは,証言・記事・写真・映像を選別したり、虚偽またはそうならない範囲で改変することによって,その情報を受け取った者が受ける印象や判断結果に影響を与えようとする意図的な行為のことを指す。
要するに候補者に都合の良い情報だけ有権者に効果的に提供する選挙戦術である。
もと,情報操作は第二次世界大戦ころから,国家規模で行われるようになったが,行為自体は古くからある。日中戦争時では大日本帝国と中国国民党や共産党などが情報戦の一環としてこれを行った。ニューヨークタイムズやライフなど民間メディアも日中戦争を題材に盛んに情報の操作・加工に挑戦して,読者に大きな影響を与えた。
目的に沿って情報操作の手法は異なる。ある対象に有効である方法が別の対象に有効であるとは限らない。情報操作する人数と対象となる人数の大小で,手法も変わる。
1人が対象であれば,情報操作するのは容易で,マインド・コントロールや洗脳ができる。
集団が相手のときは,容易ではない。手法も洗練されなければコントロールできない。
キケロは紀元前81年,法律家としての活動を始めた。曲折を経て,66年法務官に,63年執政官に就任し,国家転覆事件で首謀者を死刑とする判断を下し,元老院から「祖国の父」の称号を得た。ところが,ローマ市民による裁判でなければ死刑にできない,というローマ法に反しているとの批判を受け,ローマから追放された。そのときの元老院での演説「カテイリナ弾劾演説」は有名である。彼の「弁論家について」De Oratoreがある。
・弁論の順序は,まず聴衆の心をつかみ,最後に相手に対する反論を述べる
・即興の弁論ではなく,時間を掛けて案分を練る練習を重ねよ
・論理より感情
・ジョークやユーモアが大切
・全体を考察したうえで,出だしの文句を推敲せよ
・民衆の心を掴むには気の利いた文句が効果的(とくに大阪人にはそうだろう)
・言葉で状況を見えるがごとく描写せよ
・弁論は国家の命運さえ左右する
・理論より実践が大切
・弁論の場数を踏め
・弁論の間には,時々声のトーンを変えるのが弁論を魅力的なものにする
・声のトーンは最初から大きくしない。徐々に上げていくのが効果的
ほかにもあるが,選挙演説を聞かれていくつか思い当たるのではなかろうか。
このように,大衆・群衆を誘導する手法は古来詭弁術として発展した。現代は,マスコミやスマホなどの情報提供手段が発達し,視覚・音響など直接の言葉以外の伝達が広く行われている。情報の選別に迷う時代に突入している。提供者が情報操作しようとしていることはいうまでもない。匿名,日常会話,攪乱,感情の共鳴,ブーメラン効果,ハレーション効果,プレゼンス効果,情報封鎖,仲介者の利用,分類表,コメント,事実の一部強調,原因・結果の類似事例,フィードバック,側面迂回,注意転換,史実の書き換え,観点の偏り,反復,すり替え・・・。実はすべて旧ソ連共産党が用いた手法である。
選挙のように,集団が相手のときは,集団内部からの批判に耐える必要があり,情報操作していることを見抜かれないようにしなければならない。狭い場所で集団心理を利用すれば,異常な昂揚やパニックを利用することもできる。個人でこれに直面するときは集団心理に煽られることはない。法律家としては,株主総会,住民集会,公開討論会,経営不振・経営不始末の釈明の場で,多数の利害関係人の心理がどう動くかに大きな関心がある。
冷静な頭脳集団のはずが,予想もしない状況では集団心理に動かされて興奮してしまうことは私も目の前で見た。国会議員ですらつかみ合いすることだって報じられている。
情報操作には,データが必要である。間違ったデータで相手を錯誤に陥れることも可能である。一応,客観性を装うが,選挙広報では落とし穴が潜んでいることの方が多い。
例えば,マスコミの事前情報収集「あなたはどう思いますか」にも問題がある。
・賛成
・どちらかと言えば賛成
・部分的に賛成
・条件つきで賛成
・どちらでもない
・反対
これが私たちが日常目にするマスコミの情報である。果たしてどれだけ選挙民心理の実態を反映しているか疑わしい。日本人は極端を嫌う。賛成も反対も両極を避けたがる。そこで,このデータの取り方が問題になる。程度問題であるが,「賛成」の項目が多いからだ。このような項目での中間集計は,まだ誰に投票するか決めていない人の心理に大いに影響する。賛成に誘導する意図が見え隠れする。マスコミは街頭集計の方法に注意しなければいけない。そうでないと,新聞社によって「どちらかと言えば反対」が,「どちらかと言えば賛成」に分類されるおそれが生じる。世論調査の名でこのようなアンケート項目を設定すれば,特定の方向にノンポリを導くことも可能になる。
デユヴェルジェの法則によれば,順位が次点以上かそれ未満かで当落を予測できる
1 最悪の場合でも候補者Aは次点になる → そのとおりになる
2 候補者Aは次点以上になれない → そのとおりになる
3 Aは絶対当選する → 1と同じに結果になる
4 Aは支持者を殆ど失い次点で落選する→批判票の受け皿として当選することがある
5 Aは終盤まで支持を広げ,次点の次まで順位を上げる → 支持を失って落選する
なぜそうなるか。アナウンス効果にも限界があるということだ。事前報道予測が選挙制度のナッシュ均衡の一つを表現しているときは,予言(予測)が実現する。どの新聞社が別々の分類項目で調査して予測しようが,結果は変わらない。ナッシュ均衡から外れていれば,報道を操作(情報操作)しても,報道内容は実現されず,ナッシュ均衡が実現される。
つまり,情報操作にも限界がある,というのである。地方自治体首長選挙だけでなく,国政選挙や米国大統領予備選挙にこの法則を当てはめることができるか,マスコミ報道をチェックしてみてはどうだろう。
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